■街頭をゆく7
鉄剣が見つかったことで有名な「さきたま風土記の丘」(行田市埼玉)にある車止め。公園自体にも古墳があるので、この埴輪型車止めは、車の通行を制限するとともに、古墳のボディガード的な役割も担っていることになる。
なお、埼玉(さきたま)と呼ばれるこの地には、埼玉県知事の筆になる「埼玉県名発祥之碑」が建立されており、埼玉県民のアイデンティティの拠り所となっている。
鉄剣が見つかったことで有名な「さきたま風土記の丘」(行田市埼玉)にある車止め。公園自体にも古墳があるので、この埴輪型車止めは、車の通行を制限するとともに、古墳のボディガード的な役割も担っていることになる。
なお、埼玉(さきたま)と呼ばれるこの地には、埼玉県知事の筆になる「埼玉県名発祥之碑」が建立されており、埼玉県民のアイデンティティの拠り所となっている。
北海道サロベツ原野のまっただ中にある車止め。
今は昼だからいいが、夜になると街灯もなにもなく真っ暗になる。そんな時、畑や湿原に突っ込まないよう、車のライトに反射するこの車止めが果たす役割は大きい。
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ほとんどの車は、わきを猛スピードで突っ切ってゆく。この造形を愛でる者はごくわずかしかいない。
東京都江東区の深川にて。
深川は江戸時代、埋め立てによって造成された町で、当時の物流輸送の主力であった水運で発展した「水の都」である。今日でも小名木川、横十間川、大横川など、町のなかを縦横に水路が走っている(ここら辺のことは「中川船番所資料館」に詳しい)。
しかし、物流輸送は、この深川といえども、いつしか陸路によってとってかわられ、いま、舟は陸に上がって、車止めとしてお役に立っている。
江戸や明治の昔ならともかく、モータリゼーション化が激しく進んだこんにち、街角を歩き、街頭をゆくというということは、常にクルマに注意し、車道との境を気にしながら歩くということにほかならない。
そのようなわけで、我々歩行者はおのずと「車止め」に注意が向き、また「車止め」を設置する側も歩行者への注意を喚起するために、あるいは自らの創作意欲がそうさせるのか、ちょっとした遊びゴコロを「車止め」に盛り込んだりするようになるのである。
このような自動車社会の生み出した副産物に着目しながら日本の各地を歩いてみよう。